レイテ島の日本軍と米軍の戦いは、フィリピンレイテ島で1944年(昭和19年)10月20日から終戦まで行われたんやて。
さて、レイテ島にあった日本軍作戦によると、基本的にはルソン島では大日本帝国陸軍が中心となって戦闘するねんが、レイテ島を含む他の地域
では大日本帝国海軍及び航空部隊により戦闘するとの方針やったちうわけや。
ところがこのレイテ島の戦いの前の日本軍の台湾沖航空戦で大戦果をあげたと誤解していた日本軍の作戦司令部はは、フィリピン防衛の責任者
である山下奉文大将の反対を押し切り、急遽作戦を変更して、なんと日本軍の陸軍もレイテ島の防衛に参加して、米軍を撃退することをしゅちょうしたわけや。
ところが、ルソン島に配備されるはずやったようけの日本軍の陸軍部隊がレイテ島へ移動する必要が生じたわけ屋が、この移送の時に米軍の攻
撃を受けて、この日本軍の移送舞台は大打撃をうけることになったわけや。
レイテ島の日本軍は、奮戦したのやが、約2ヶ月の戦いの後に、完全に敗けてしまい、ようけの日本軍将兵が戦死してしまったちうわけや。
因みに、このレイテ島の戦いで日本軍の誇る巨大戦艦である武蔵が敵の航空機によって撃沈させられたのは、あまりにも有名やな。
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